ときめきを追いかけて。

地に根を張る年。

時間を投資するという考え方。

 

世の中には、お金を投資するという考え方が溢れかえっているのに、なぜ時間を投資するという考え方がまだまだマイナーなんでしょう。

 

 Time is money(時は金なり)なんて言い方があるが、それは、時間を甘く見た言い方である。金よりも時間の方が数千倍貴重だし、時間の価値は、つまり生命に限りなく等しい。– 森博嗣「すべてがFになる」

 

“意識高い”ってなんなんでしょうね。にも書いたけど、昔は、毎日違う団体のミーティングを何個も掛け持ちして、週末は新しい出逢いを求めてたくさんのイベントに顔を出して、その間にいくつものお稽古ごとをしながらたくさんの課題をする、というのがあたりまえだった。

 

そのときに出逢った年上や同級生はほんとうにかっこよくてきらきらしてて、今でも交流が続いている人がとっても多い。お金はたくさんかかったけど、そのお金である意味、素敵な時間と出逢いを“買って”いた。このときのわくわくときめきどきゅーーーんっ!がなかったら、たぶん今の自分はもっともっとつまらない人だったと思う。

 

そんな経験を中高生のときにできて良かった。いろいろ悩んで迷って、ときにへし折られて、でも頑張れって背中を押してもらって、ときどき最近どうなの?って連絡がきて。その度に、負けてられない、頑張らなきゃ、次に◯◯さんに会うまでに一回りも二回りも大きく成長しなきゃ、って思えたもんね。

 

ギャップイヤー中は、上流会員限定ワーキングスペースで働いたり、たくさんのメディアや企業さんのお相手をしたり、お食事を一緒にしたり、という経験があった。

そこで働いている人たちはみんな自信に満ちあふれてきらきらしていて、どうやったらわたしもこの人たちのようになれるんだろう、と毎日じっくり観察していた。まだまだなのはわかってるけど見下されたくなかった。

あの3ヶ月間、異常なまでに名刺とお金が飛び交う世界の一端を覗いてみたことは、自分の将来に対するモチベーションや考え方の再構築にとっても必要だったと思う。

 

 

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前置きがすっごく長くなってしまったけれど、こういった数々の経験が非常〜〜〜〜に大切だということを身をもって感じて理解したうえで、しばらくもうそういうのは良いかな、ってこの夏休みに思った。

 

もうそろそろ自分の内面にしっかり集中しても良いんじゃない?って。

人に会わない、とかそういうことじゃなくて、これからは、人に会っている時間も投資の一部っていう意識を持ちたい、ということ。

 

新しい知識を得るため、とか、これからも良い仕事のパートナーでいるための投資っていう考え方ももちろんあるけれど、わたしはもっと、なんだろう、こう、自分がしあわせになるための投資、という思いのほうが強いかも。この人と会っているときの自分って最高にハッピーだ!って叫びだしたくなるような瞬間瞬間を増やしていく。

 

 

 

そして、もちろん自分の価値を磨くための投資。

よく言われることだけど、人は、1000時間の投資(努力)で周囲から認められるだけの実力が、10000時間の投資(努力)で超一流と呼ばれるだけの実力がつく。

たった1日3時間の投資を1年間毎日続けること。

それって、意外とできることなんじゃない。毎日3時間も確保できないなら、3年間、毎日1時間何かに投資し続けても良い。

ここで言いたいのは、『継続は力なり』ということじゃなくて(もちろんそれも大事だけど)、未来の自分のために時間を投資するという考え方をもっと多くの人が持っても良い と思う、ってこと。

 

 

周りできらきらしている人たちだってもともとは平凡な人だった。悩んで苦しんで自分の良さがわからなくてどうしようもなくて、そのなかでしぼりだした自分の魅力の原石を時間をかけて磨いていっただけ。

 

 

さらに言えば、お金を出して時間を買う、という考え方をもっとたくさんの人が持って良いと思う。

例えば、大阪から東京に行くとき。バスよりは少し割高になるけど飛行機や新幹線を使ってみる。そうしたら、狭い空間に閉じ込められるだけだったはずの時間に、人に会ったり自分の感性を刺激するものに出逢いに行ったりできる。お金はまた稼げば良いけど、“東京にいる自分”というのはほんの数日でしかない。だったらそのときに吸収できるだけしたら良い。

 

 

自分のライフスタイルは自分で決める。自分の時間の使い方は自分で決める。そのときの評価軸は、過去・現在・未来の自分がしあわせになるかどうか。

 

 それか、自分がときめくテーマで時間を過ごしているかどうか、かな。

 

 

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