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ときめきを追いかけて。

「実」の年へ。

愛される人になるのではなく、自分が愛せる人になること。

ふと思ったこと 大切にしたいこと・していること

こう見えて、わたしは自分のことが大嫌いだった。今でも好きじゃない。

 

お涙頂戴な話をしたいわけではないけれど、先学期はほんとうにつらかった。

原因がわかるようなわからないようなストレス。風邪。貧血。熱。頭痛。過呼吸の連続。コントロールできないような負のエネルギー。物理的にも精神的にも寝られなくなった。意識を失うこともしょっちゅう、というか、ほぼ毎日あったし、理由もほとんどわからず泣いていた。そのせいで頭がぼーっとして、課題に取り組めなくて、言い訳ばっかりして、課題がどんどん山積みになって、こなせなくて、どんどん自分が嫌いになって、また過呼吸を起こして。負のサイクルにどハマりしてしまった。

 

新学期早々に見切りをつけた。もうこれは、日本に帰らないとおかしくなる。

 

実際おかしくなった。負のサイクルは一旦はまってしまうと抜け出せなくて、でも自分のプライド的にもそれを他人に見せられなくて、表面上は明るくなんでもないような感じに振舞っていたけれど、もう限界だった。日中に脳や身体が機能しなくなることもあった。八つ当たりしてしまったり、号泣したり。その度に自分のことがどんどん嫌いになっていった。意味もわからず訳もわからず、ごめんね、って繰り返してた。

 

冬休みに入って日本に帰ってきても、まだ回復の兆しは正直あんまり見えてこなかった。

脳や身体が機能しない。気づいたらぼーっとしていて何時間も経っている。それで自分のことが嫌いになる。睡眠にも支障が出てきた。寝付けない。やっとの思いで寝ても、夢の中では走り回ってる。そして1〜2時間後には起きる。そしたらそのあとまた数時間寝れなくなる。夜中だから不安になる。つらくなる。悲しくなる。言いようのない負のエネルギーに包まれる。ほろほろ泣いたり、泣きわめいたり。ようやく疲れ切って寝てもまた夢の中で走り回る。次に起きたときは、脳がまるで揺さぶられているみたいにぐらんぐらんしていた。寝る前より起きたときのほうが断然疲れていた。

 

好きだったテレビを見ても面白くない。あーーーって思いながらふと昔のアナザースカイを見た。録画していたやつ。5周年記念で長谷川潤ちゃんの出産後に密着した回の。

 

 

ふわーーって元気をもらった。勇気をもらった。自分と潤ちゃんが少し重なった。そうだね、わたしは今まで、完璧である自分しか見せたくなかったし見せられなかった。そうじゃないと周りの人に愛されないんじゃないかと思っていた。

 

でもほんとうに大事なのはきっと自分が愛せるような自分自身になることなんだね。

「今は胸を張って言える。自分は、普通だ、と。」っていうセリフにどきっとした。普通で良いんだなー。こんなに活躍している素敵な女性でも、自分のことを普通って言えるんだなー。そしてそのほうがなんだかきらきらして見える。

 

高2のときに、勉強や課外活動に関する評価軸が、他人のものから自分のものに変わった。何をしたら立派か、ということじゃなく、自分が何をしたいのか、ということを強く意識するようになった。でも、結局わたしはそういった表面的な部分、言葉で表せちゃうような部分、社会から期待されているような役割の部分、しか変わってなくて、もっと深い、自分を見つめる、とか、自分の性格、とかそういうところは全然変わっていなかった。まだまだ評価軸は他人にあった。

 

愛される人になりたかった。

 

承認欲求は高いほうだと思う。でも、アナザースカイを観て、少し変わった。

これからは、わたしは、自分が愛せるような人になりたい。自分のことをもっと慈しんであげたい。愛してあげたい。別に完璧である必要はないし、だいたいそれは誰にとっての完璧なの?

 

 

2015年の目標は「積」。

自分への信頼を積むこと。

自分に対する自信を積むこと。

自分ができることを積むこと。

自分が言語化できるものを積むこと。

 

そうやって少しずつ積んでいきたい。

こつこつやるのが一番苦手なわたしだけど、周りに惑わされず、強くきらきらした芯のあるまっすぐな太陽のような人になりたい。いつかあっさりぽっきりと折られちゃわないような、芯が太い人になりたい。そして今は自分のプライドや見栄が許さないけれど、もし言えても、後ろめたさや恥ずかしさや怖さが残るけれど、2015年が終わったときに、自信を持って胸を張ってみんなにこう言えるようになりたい。

「わたしは、至って普通だよ」って。