不思議な出逢い

ハワイにしてはめずらしく大雨に打たれてダブルレインボーを見たその日の昼下がりに、カフェテリアで不思議な出逢いがあった。

いつもは前日の夜ごはんの残りを持ってインターン先に向かうのだけど、その日はたまたま何も冷蔵庫に残ってなくって、インターン先(大学)でごはんを買うことに。

普段ならそこでごはんを買ってもすぐにオフィスに戻って自分のデスクで食べるのだけど、その日に限ってたまたま日本の高校生らしい団体さんを発見したから、ふらふらと導かれるようにカフェテリア内にとんと腰を下ろした。

 

買ったものはスムージーだけ。それとお仕事仲間にもらったグラノーラバー。早々にバーを食べ終えて、スムージーも残り半分といった午後1時少し前、彼が現れた。

きっと40代後半のその人は、別に身なりもきちんとしているわけではなくて、膝を痛めちゃったんだよね、と言って松葉杖をついてやってきた。

座っていた位置を慌てて少しずらして、どうぞ、とスペースを空ける。まったく困っちゃうよー。君、爪長い?これ開けてくれない?と缶詰を渡された。それがランチなのだろう、と思う。お金に困ってるのだろう、とも。

 

君は、と突然彼が切り出した。君は、もし見ず知らずの人にいきなり50ドルくれないか、と頼まれたら、渡すかい?

わかんないなあ。

イエスかノーだよ。わからない、や、たぶん、は、無し。

んー。たぶん。

だから、たぶん、は、無し。

じゃあ、そうだね、渡すと思うよ。

へえ、と彼の目が見開く。

ただし、と、わたしは続けた。ただし、自分にお金の余裕がある程度あって、相手がきちんとした理由を持っているのなら、ね。

じゃあお金どうこうじゃないんだね。

うん、そうだね。理由のほうが大事。だから友だちに頼まれても、理由を聞いて納得しないと渡さないと思う。

そうか。

たとえば、ふたり揃ってごはんを食べるお金に困っているのなら、きっとその50ドルを使ってごはんを買って分け合うかな。

おもしろいね。そういえば君はここで何をしているの?

ここで働いているの。教育学部にある、マーケティングサービスで。

そうか。名前は?

ゆか。あなたは?

ジェームズ。よろしく。LA出身で、今は物書きをしている。

へえ、何を書くの?

うーん、そうだね、いろいろ。君はこんなおもしろい話を知っている?僕が通っていたボストン大学の哲学のクラスで話したことなんだけど。さっきの例、ほとんどの人はお金の額が減ったら渡す、と答えたんだ。それだけじゃない。きっと渡すだろう、と答えた人全員が何かの宗教を信仰していたんだよ。

へえ、それはおもしろい。

だから君の回答には少し驚かされた。お金じゃないんだね?

うん。

じゃあ、君は信頼している友だちがどれだけいる?

信頼の定義によるかなあ。

信頼の定義か。僕の定義では、今持っているお金を全部渡しても、いつでも聞けば返してくれる人のこと。

うーん、わからないかな、それだと。わたしの信頼の定義と違うもの。

君の信頼の定義は?

わたしは少し迷ってからこう答えた。わたしがたとえ刑務所に入っても助け出してくれる人。

それってでも結局お金じゃないか。保釈金が必要だということだろう?

ううん、刑務所に入ったわたし、という人物をジャッジしない人。そういう人だってわたしがちゃんとわかってる人。

へえ。

あとは、わたしがどんなことを話すにも抵抗がない人。抵抗がない、と、わたしがわかっている人。

なるほどね。

うん。

じゃあ、僕が刑務所に入ったら助け出してくれるかい?

ふふ、わからない。だって、まだ出会ったばかりだし、これはわたしがジェームズを信頼しているかどうかという質問にはならないもの。

どういうこと?

わたしの信頼の定義で例をつくるのなら、もしわたしが刑務所に入ったときに、わたしはジェームズが必ず、ジャッジメント無しで、助けにきてくれるということを信じているということ。

なるほどね。じゃあ例えば、誰にでもいいよ、君が500ドル渡したとしよう。

うん。

その人物は君を助けにきてくれると思う?500ドルあれば保釈金としては十分な額だと思うけれど。

ううん、全然思わない。

それはどうして?

だって、500ドルを渡したのはきっと別の理由だもの。きっと良いことに使ってもらうために渡した。その500ドルはいったんわたしの手を離れたらわたしのものじゃないし、だからわたしのために使ってもらおうとも思わない。

ふーん、君はおもしろいね。

どうして?他の人だったら何て答える?ジェームズなら?

きっと、他の人も、僕も、助けにきてくれると思う、って答えるよ。

まずわたしの場合、その人物に助けを求めるかどうかもわからない。

連絡すらしないということ?

うん、そういうこと。

そうか、なるほど。

じゃあ、と、彼は続ける。じゃあ、一時的に全ての富を投げ出した人物がいるとしよう。その人は、自分が全ての財産を手放したときに、自分は人の目にどううつるのか、他の人の態度がどう変わるのか、を見たかったんだ。君はその人のことをどう思う?

うーん、別になんとも思わない。でもたぶん、そうね、わたしならしないな、って思うわ。

はは、それはどうして?

だって人の価値はそんなことで決まらないもの。そんなことで人をジャッジしないもの。

でも、全てを手放したんだよ?

別にそんなことでわたしはその人に対する態度や考えを変えたりしないわ。普通は変わるものなの?

そうじゃない?だって世の中やっぱり金が大事だよ。その人をかたちづくっている、というか。

ふーん。

じゃあ、最後の質問。

なに?

君は、今、僕が助けを求めたら助けてくれるかい?

当たり前じゃない。わたしにできることがあれば、なんでも。

へえ、と彼は驚きの混じった嬉しそうな表情を浮かべた。

どうして?わたしにできることがあるなら、助けるわ。

じゃあ例えば僕がお金を貸して、と頼んだら?

お金のことなら、そうね、わたしじゃなくても助けられるだろうから、きっとノーって言うと思う。

なるほどね。

でも他のことで助けられるなら、助けるわ。それは、どの人に対しても、同じこと。

驚いたな。ほとんどの人はノーと言う。

だって会ってまだ30分だもの。

そうか。はは、と彼は笑った。

ねえ、大学では英文学専攻だったの?

いや、歴史だった。

へえ、いつの時代の?場所は?

1960年代の冷戦時代の米露関係について。

それについて本を書いたことは?

いや、無いね。

書こうと思ったことは?

今思った。

書いたら良いのに。そしたら読みたい。

そうだね、時がきたら書くことにするよ。じゃあ、そろそろお暇するよ。またきっと会うことがあれば。

たまにここに来るからきっとまた会うと思う。

それじゃあ。

じゃあ。