ときめきを追いかけて。

地に根を張る年。

1番とライバルとマイペースと成長。

 

Yukaさんのブログいつも楽しく拝見しています。私は来年からコミカレに留学する予定の者です。私は良くも悪くも、競争力がないと言われます。ライバルを持つことで自分は頑張れるというタイプではありません。「私は私」です。しかし世の中は、順位が重要視されることも少なからずありますよね。例えば賞を貰ったり、何らかの理由で一位への拘りを持たなければならなかったり。(決して他人の成功を妬むというわけではないです。)Yukaさんは「順位」というものに対して、どのように考えますか?今までに、「1番になること」にこだわったことはありますか?言葉で伝えるのがとても難しいので質問の意味がちゃんと伝わるか不安ですが…

わたしたちは、順位や偏差値や売り上げという、数字に囲まれて日々生活している。どれだけ逃げようと必死になっても、ほんとうは、がんじがらめになっている。自分を評価するときも、他人を評価するときも、心の奥底で「自分はあの人より上だ/下だ」「あの人は1番だから凄い」なんてどこかで線を引いてしまうことが多い気がする。

 

人生においての1番のライバルって誰なんだろう。もうよく言われていることだけど、やっぱりわたしは、自分、だと思う。

この世界では、肩書きや順位で判断されることももちろんあって。それがきっと大半で。でもそれは決して悪いことじゃなくて。凄いことなんだと周りから素直に尊敬されても良いことで。でも、本人がそれに思い上がっちゃいけないの、きっと。そしていつまでも自分の外に競争力のベクトルを向けていると、自分を見失ってしまう。

自分が好きなもの得意なことをしっかりわかったうえで、今までの自分史上最高の自分になるほうが、夢を追いかけられていてよっぽど素敵。周りの人とは切磋琢磨し合える仲間であるくらいで良いんじゃない、敵対視なんてしなくても良いんじゃない、ってわたしは思う。

負けず嫌いだけど根がとってもマイペースなわたしは、いつかあの人と肩を並べたい、あの人を超えたい、という憧れの存在はいても、自分のペースでこつこつと、回り道をしているかもしれないし憧れの人と同じルートを辿らないかもしれないけれど、少しずつ、自分が納得できる自分になるために成長する努力をしてきた、つもり。たとえば昔、陸上をやっていたときも、その大会で1番になるよりも、前回自分が出した記録を更新するほうが嬉しかった。世の中で重要視されることはきっとある程度重要だから。それがひとつの物差しだから。その物差しに、自分のために自分をアピールしなきゃいけないときは目一杯頑張ってそれ以外のときは別に他人の評価軸に合わせる必要はないんじゃないかな、と個人的には思います。

 

昨日の自分にがっかりされないために、明日の自分がもっとわくわくできるように、今日をしっかり生きましょう*