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ときめきを追いかけて。

地に根を張る年。

…で、結局なんでアメリカなの?

いつもブログなど読ませていただいています。 私は今大学の進路について考えていて、海外の大学に行くか、国内の国際学部/国際教養学部に行くか考えています。高校での1年留学を経て、海外の大学も考え出したものの、海外に4年住むとなると不安になり、しかもやはり自宅から通える大学などを考えるとそちらに流れてしまいそうになります。ゆかさんは、日本の大学と海外の大学どちらに進学するか迷われましたか⁇また、もし迷われたなら、結果アメリカの大学に決めた理由も教えていただけたら嬉しいです。

 

何度かお話ししたことがある通り、わたしは国内の某大学の某学部まっしぐらに中3のときから準備していた。まさか高校2年生の5月に、Wesleyan大学に進学する大阪生まれ大阪育ちの男の子に会って人生こんなに(良い風に)狂わされるとは思ってもいなかった。こんな選択肢があったんだな〜帰国子女じゃなくて良いんだな〜、って思った。

 

きっかけはきっとたぶん、そんなほんの小さなことだった。

 

典型的な日本の学校は自分には合わないと進学した中高一貫校での生活は心地よくって、全寮制ではなかったけれど、青春のほとんどをそこで過ごした。たくさんの感情がぎゅぎゅって詰まった大切な場所。先生も生徒も掃除のおばちゃんおじちゃんもカフェテリアのおばちゃんも警備員のおじちゃんもライブラリーの怖いけど優しい司書さんたちも、みんながみんなのことを知っていて、朝玄関に足を踏み入れるたびに、「あぁ、帰ってきた」と思った。

そんなだから、何千人、何万人という人数が集まる日本の大学でやっていけるかどうかとっても不安だった。「毎日梅田を歩くようなもんだよね」って友だちとよく話していた。

 

高校2年生の冬学期、金曜日は7時間授業中5時間が空きコマで、その時間をほとんど音楽室で費やしていた。フィリピン出身の笑顔が可愛い先生と、子どもみたいに天真爛漫なアメリカ人の先生。ふたりとずーっとしゃべるか演奏するかごはん食べてて、英語力がぐんと伸びた。

わたしの学校は英語にとっても力を入れている学校で知られているけれど、周りのレベルが高すぎて自分は到底そんなレベルにまでは到達できないだろうと思っていた矢先に、インターナショナルスクールの生徒と受ける、国際バカロレアの歴史のクラスに特別に入れてもらえた。もしかしたらわたしも英語で戦っていくことができるかもしれない、と初めて思った。

 

背中を押してくれたのは、Wesleyanに進学したお友だちの、転びながらも必死に這い上がる毎日がきらきらして見えたこと、そして、このほんの小さな自信だった。

 

日本国内の国際教養学部系ももちろんたくさん調べたし、金銭面も都会のリソースへのアクセスができることもしっかり考えた。だけど最終的に意思を固めた背景にはこんな問いかけがあった。「日本にとどまらない理由」を探していたから、問いかけは少しバイアスがかかっているし、ある意味誘導尋問っぽいけれど。

 

  1. 学生のうち半分以上が日本人という環境に身を置きたいの?
  2. 自分がどれだけ英語という新しい言語で世界を舞台に戦えるか見てみたくないの?
  3. 日本の大学に行ってる自分が想像できる?
  4. 日本の企業に就職した自分が想像できる?
  5. リベラルアーツという概念はほんとうに日本でしっかり浸透しているの?
  6. 専攻や学べることの自由度が高い場所はどこ?
  7. 大好きな高校での最後の2年間、何に時間を割きたいの?
  8. 自分のパッションは?
  9. 自分が自分らしくいられる場所は?
  10. 課外活動は何がしたい?
  11. どんなコミュニティーが好き?

 

日本の大学に進学していたらしていたで、たぶんすっごく楽しい大学生活を送れたと思う。特に、イベントプランニングとか大好きだし、きらきらした世界観が大好きだから、課外活動、という点ではきっと日本(東京)のほうがたくさんリソースもアクセスもあったと思う。もしかしたら、将来そういうお仕事に就いていたかもしれない。その可能性が非常に高い。

だけど、大学を決めるということは、これからの4年間の生活基盤を決めるということ。どんな人に囲まれていたいか、自分がどんな人間になりたいのか、そのために必要な環境は整っているのか、アカデミックでもそうでなくてもどんな学びがしたいのか。そういうことを繰り返し自分に問いかけることで見えてくるものがきっとたくさんある。わたしにとってはその答えがアメリカであっただけだし、他の人の答えはまた違うかもしれない。