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ときめきを追いかけて。

「実」の年へ。

同じ土俵で戦う覚悟を持つこと。

よく、「留学生なのに、英語が第一言語じゃないのに、アメリカ人と一緒にディスカッションがたくさんある授業を受けて、課外活動もして、大変じゃないですか?」と聞かれます。

 

結論から言うと、大変だけど、これが「普通」なんだ、と、自分に言い聞かせて、コンプレックスが薄れるまでひたすら努力するしかありません。

 

そりゃあ正直心が折れたことなんて、何度も何度もあります。

 

自分の意見をいかに自信満々に論理的に説明できるかが勝負、みたいなこの環境で、 英語もままならない、リーディングを何度やっても意味がわからない、やっと考えがまとまったときにはすでに誰かが意見を言った後かトピックが変わった後だなんてことは、1年生のときはしょっちゅうありました。

たかだか1日50ページほどしかリーディングがなかったときに、1日10時間以上図書館に籠もって、涙を堪えながら、コーヒーを飲みながら、勉強していました。教授のオフィスアワーにも毎週足を運びました。授業の前後にたくさん質問をしました。

 

だって、そうでもしないと、ついていけない。

 

そして、「勉強しか取り柄が無いなんて…」と揶揄されるこの環境で、経験を積むために、日々たくさんのイベントやミーティングに参加して、コミュニケーションの取り方や英語を、数え切れないほど失敗しながら学んできました。

 

だって、そうでもしないと、アメリカの大学にわざわざ来た意味がない。

 

オンライン教育が発達した時代です。英語でのディスカッションやペーパーの経験は、実はいくらでも家にこもっていながらでも積めます。だからこそ、アメリカの大学に来たのだからこそ、毎日五感をフルに使って、人とたくさん交流があるこの環境だからこその経験を積みたい。

 

だけど、もちろん、英語が第二言語だから、「学び方」が異なる環境から来たから、ソーシャルアイデンティティーが違うから、そういったバリアはあるのは承知です。

でも、英語が第二言語だけど、「学び方」が異なる環境から来たけど、ソーシャルアイデンティティーが違うけど、バリアが無い人たちと互角に、あるいはそれ以上に、価値を生み出せてたら、とってもかっこいいじゃないですか。

そして、上級生、ということで、まだまだ上記に対する認知に欠けている人たちに、まずは現実を知ってもらおう、と、いろいろ個人で、そしてオフィスを通して、動いています。少しでも、次に来る留学生たちが、のびのびと学問や実務経験を謳歌できるよう、まずはわたしたちの世代から。

 

 

 覚悟を決めてしまえば、あとは努力するだけなので、意外と、へっちゃらです。